富山県美術館1階 TADギャラリーに、富山大学芸術文化学部の卒業制作が展示されており、その中にひと際目を引く建築作品があった。
その名は「Musée du l’info」。情報をテーマに、建築空間を通じて人と人をつなぐこの作品は、今年米田木材に新卒として入社した古川輝さんが学生時代に取り組んだ卒業制作だ。
壮大なテーマに挑んだ学生時代から、今は住宅という身近な空間に向き合う日々へ。設計士としての第一歩を踏み出した彼の歩みをたどってみた。
富山大学芸術文化学部 卒業制作展セレクション ※このイベントは終了しています

コロナ禍で揺れた学生生活
群馬県出身の古川さん。小さな頃から「建築に携わりたい」という思いがあったものの、具体的な進路はまだ定まっていなかった。
そんなとき偶然知ったのが、富山大学に建築コースがあるということ。関東の大学を第一志望にしていたが、「建築を学ぶには良い環境かもしれない」と直感。思い切って志望校を変更し、北陸の地へ足を踏み入れた。
しかし、入学してすぐに思いがけない現実に直面する。
コロナ禍の影響で、わずか1ヶ月足らずで対面授業は中止。群馬にトンボ返りし、自宅からリモート授業を受ける生活が始まった。せっかく夢見ていた新しい学生生活は一変し、誰とも会わない日々に。専門的な授業がないことに加え、孤独なリモート環境は精神的にも大きな負担となった。
「人に会えないことの辛さと、建築を学んでいる実感がなかなか持てないもどかしさがありました」と当時を振り返る。
ただ、この孤独ともどかしさの経験は、まだ序章にすぎなかった。学生生活で最も大きな試練と言える卒業制作が、これから待ち受けていたのだ。
産みの苦しみを超えて ー「Musée de l’info」ー
卒業制作で大変だったのは、0から何かを作り上げる“産みの苦しみ”であった。まずその苦しみを味わったのは“テーマ決め”だった。せっかく大きな作品に挑戦するのだから、他の人と被らない面白いテーマを探す必要があった。そこで古川さんは、図書館という既存のイメージにとらわれず、情報の博物館としての新しい価値を生み出すアイデアを思いついた。
しかし、テーマが決まったからといって苦悩は終わらない。リサーチのためにさまざまな建築物を見ていくうちに、どうしても誰かの作品に似てしまうことがあり、自分のオリジナリティを保つ難しさに直面した。見るものが影響を与え、無意識に既存の建物に寄ってしまうこともある。誰もやっていないこと、前例のない建築を生み出す責任感とプレッシャーが、テーマ決めに加えて、“産みの苦しみ”となったのだった。

こうした試行錯誤を経て、古川さんは単に情報を集めるだけでなく、人と交流を生む空間としての建築を意識し、徐々に自分のアイデアを形にしていった。
図書館に着目し、「本を保管するだけの場」ではなく、データや情報を扱い、人と人が交流する「情報の博物館」として提案。舞台は富山駅前。多様な人々が集まり、情報と出会い、交流が生まれる場をイメージした。
制作は想像以上に過酷だった。他の建築に似てしまう悩み、徹夜での模型制作や図面のやり直し。何度も心が折れそうになったが、教授や仲間の意見を受け止めつつ、自分のオリジナリティを追求し続けた。
完成したときの達成感は、言葉にできないほど大きなものだった。「芸術的要素を込めながら、交流を生む建築をつくりたい」。その思いは、今も彼の設計観の核となっている。

富山で見つけた自分の居場所
就職活動をしていた時のこと。建築業界に行くことは決めていたが、その先の進路に迷っていた。住宅設計の現場で働くのか、それとも設計事務所で公共施設の大規模な建築に挑戦するのか。いくつかの会社の採用試験を受けながらも、まだ自分に最適な道を見つけられずにいた。そんな折、偶然の巡り合わせで出会ったのが米田木材だった。
他社の面接では、社長や部長など幹部とのやり取りが中心で、実際に働く社員の雰囲気や現場の空気を感じる機会は少なかった。しかし米田木材では、面接の段階で幹部だけでなく、多くの社員と関わることができた。その自由でオープンな社風と、設計事務所のようなデザイン性の高さを兼ね備えた職場環境に、古川さんは自然と魅力を感じたのだった。
さらに、ホームページや施工事例からは「設計事務所的な自由さ」と「住宅メーカーとしての安定感」が同居しているのを感じ、ここでなら自分らしい設計が学べると確信し、入社することを決めた。
縁もゆかりもなかった富山に拠点を置く決意をし、両親も背中を押してくれた。入社前は同期がいないことに不安もあったが、同時期に年の近い先輩が中途採用で入社したこともあり、その不安はあっという間に解消された。

設計士としてのスタート
入社後の最初の仕事は、建築申請や法律関係の業務。学生時代はデザインばかり考えていたが、断熱性能や住みやすさ、法規といった「現実の建築」に触れることで、性能とデザインを両立させる大切さを学んでいる。
さらに今、古川さんは1級建築士の資格取得に挑んでいる。
就職してから試験勉強をするとなると、時間を確保することが難しいのではないかと考え、学生時代から試験勉強を始め、諸事情も相まって2級ではなく1級を受験することを選んだ。努力の末、学科試験に合格し、現在は10月の製図試験に向けて勉強の真っ最中だ。
「資格の勉強を通じて、自分の粘り強さや学び続ける姿勢が鍛えられている」と語る。
将来像はまだ模索中だが、理想は「機能とかっこよさが両立した住まい」。
「住む人が心地よく過ごせる空間をつくること」を目標に、知識と経験を一歩ずつ積み重ねている。
学生時代の挑戦も、今の努力も、そしてこれからの成長もすべてが「建築にかける情熱」につながっている。
設計士として一歩を踏み出した古川さんの今後の活躍に期待したい。

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YG TIMES編集員
柏木 彩夏
2019年に中途採用で入社し、現在は入社7年目。所属は事務部だが、部署を超えて色々な業務にチャレンジしている。YG TIMESの編集やインナーブランディングに携わる。昨年育休を終えて職場復帰。職場での学びを育児にも活用し、豊かな暮らしを実践中!